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「おーい。渡つてもいゝかね」
そこから元来た路を引き返した房一は、行きがけには通りすぎた千光寺の山門を潜つた。広い人気のない寺庭には九月の日が明く冴えて、横手の庫裡くりに近い物干竿では真白な足袋が二足ほど乾いてぶら下つていた。そのしんとした庭の中をまつすぐに庫裡の方へ横切つてゆくと、いきなり
小谷は相手にされなかつたやうに感じてちよつと顔をしかめた。が、しばらくすると又声をかけた。
房一は手足を洗ふと、簡単に診察着をひつかけて表へ廻つた。
「まあ、――上の町の大石さんとこ位は行つとくのもよからうが」
さう云ひたげに、練吉は近眼鏡の奥で切れの長い目をぱちぱちさせ、ちよつとあたりを見まはした。一種気楽げな表情がたちまちその顔に浮かんだ。
房一はむつつりとしたまゝ答へた。
富田はすぐ又自分の方に話をひきとつた。
「ねえ!」
といふやうな声を出して、彼は満足と緊張とのためにあの調子外れな表情になつて、撓しなつた竿をしつかりと引きつけはじめた。
「袴はそこですよ。足袋を先きにはくのよ」
「相手は誰です?こゝの御隠居ですかい」
だが、その間にも土手の押問答はつゞけられた。
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