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    房一は鬼倉に向つて叮重ていちように云つた。

    来客の間にほつと寛くつろいだ空気が流れ、直造が袴をさばいて立ち上らうとした時だつた。

    徳次はいつのまにか腕組みをしていた。あのあてずつぽうな、そゝつかしい、力りきんだ様子が現れていた。

    風はすつかり途絶えていた。

    近づきながら、何となくほの紅くなつて、中声で叫んだ。そして、房一の傍にいる小谷と徳次を認め、小腰をかゞめた。括くゝられてふくらんだ袖口からは気持のいゝ白い腕が露はれていた。

    「はい、あの、切れて居りますが」

    ところが驚いたことにはこの男は、房一があらゆる初対面でやる鹿爪らしい挨拶の文句を今やはじめようとしたときに、いきなり前に立ちはだかるやうに、と云ふより、殆ど気づまりのするほど真正面に近々と顔をよせて、おまけに露骨に房一の顔を見入りながら、

    「眼が潰つぶれちまふ――ねえ、先生」

    笹の葉の下から現れたのは頭から尾まで黒々と廻り、全体に円味がつき、所々の鱗が金色に光つていた。

    房一は目顔で笑ひながら何度もうなづいた。やつと安心したやうに、徳次はしばらく見送つていた後で、大股に自分の船の所へもどつて行つた。

    「往診ですか」

    その二つとも何か危険さを伴つていただけに、妊婦である盛子への影響を恐れたのだらうか。それもたしかに、あることはあつた。盛子は、鬼倉との時もさうだつたが、消防事件の時も、後で聞いて並々でない神経性な不安を現した。

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