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    と、相沢は口ごもつた。

    「ぜひ、さういふことに」

    「へえ、どういふわけでせう」

    だが、その間にも土手の押問答はつゞけられた。

    と、大声で云ひ聞かせた。

    と、盛子は大げさに滑稽な顔をしてみせた。

    さう声に出してみた。そして犬の方をふりかへつた。犬は彼の方を信頼にみちた眼で見上げ、しなやかな尾を振つた。

    房一はふとその様子から、医者になつてはじめて帰国したとき、例の伯父が苦学の模様を根掘り葉掘り訊いて、満足げにうなづいたときの恰好を思ひ出した。そして、いつのまにかこの老医師に親しみを感じ出している自分に気づいた。それは彼が予期したこと、前もつていろんな風に描いていたものとはまるでちがふものだつた。この分では大して案ずることはない、房一はさう考へた。何かしら前の方がひらけ、何かが前の方で微笑して彼を迎へているやうに思はれた。

    と、父親の顎のあたりに又目をつけた。

    「去年はなかつたんですよ。何でも博労ばくらう同士のうちわ揉もめがあつたとかでね」

    「だいぶ、様子が変りましたな」

    「あ、神原の喜作さんだ」

    それは何となく不思議なことだつた。家にいたところで別に賑かに喋しやべり立てるわけでもなし、むしろ年中窮屈さうに不服ありげに無口で固い顔をしている茂子が、今この家にいないと知つただけで、こんなに伸び伸びし、自分がさう思ふだけでなく、そこらにある家具までが何となく気楽さうに見えるとは!

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