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この家はこの娘のためになんとなく幸福そうに見える。一群の鶏も、数匹の白兎も、ダリヤの根方で舌を出している赤犬に至るまで。
「ちつとも知りませんでしたよ」
我々はそれから「き」の字橋まで口をきかずに歩いて行ゆきました。……
「さやうさ。当今では大分世智辛せちがらくなりましてな。薬価の代りに畑の物を貰つてすませる位のことはさう珍しくはありませんよ」
「どうしたんですの?何かあつたんですか」
房一の顔は重々しい沈思の表情と太い興奮の色とで紅黒く、やはり膏汗が漲つていた。
夜になるとその谷間は真黒な闇に呑まれてしまう。闇の底をごうごうと溪たにが流れている。私の毎夜下りてゆく浴場はその溪ぎわにあった。
「はあ、なるほど」
これがこの小さな字である。
横合から冷かすやうに口を入れたのは雑貨店の庄谷だつた。痩せた上に黒く日焼けがし、固く乾いたやうな顔には小さいが白味の多い眼がいつも人を小莫迦こばかにするやうに閃いていた。彼はさつきもその眼で入つて来たばかりの房一を見、房一が挨拶すると「あン」といふやうな声を出しただけで、すぐに話に聞き入つていたのだつた。
「なるほどね」
「何でもないぢやないかね、君から聞いたとほりだ。心配することはないと思ふな」
「捕虜が内地へ送られるさうだよ」
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