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「そんなこと位は造作もない。おれにとつては小指の先の芸当だ」
一わたり済むと、練吉は最後にもう一度注意深く病人の顔をぢつと眺め、
たとい健康の人間でも、往復の長い時間をかんがえると、一泊や二泊で引揚げて来ては、わざわざ行った甲斐かいがないということにもなるから、少くも四、五日や一週間は滞在するのが普通であった。
男は病人から房一へぎろりと眼を移すと、
「さうです。――どうかなさつたかね」
「な」の字さんもわたしも足を止めながら、思わず窓の中を覗のぞきこみました。その青年が片頬かたほおに手をやったなり、ペンが何かを動かしている姿は妙に我々には嬉しかったのです。しかしどうも世の中はうっかり感心も出来ません、二三歩先に立った宿の主人は眼鏡めがね越しに我々を振り返ると、いつか薄笑いを浮かべているのです。
と房一が答へた。
「ありがたう。――あ、大きいね」
今それを思ひ浮べたとき、房一はふいに一種の怒気を感じた。それは疾やましさのないはげしい敵意、何かしらぐつと相手を地面まで押しつぶしてしまひたいほどの、腹の底からこみ上げて来る得体のしれない力だつた。
「なに?競馬のこと?」
「いつこちらへお帰りでしたか」
「お前、往診に出てた?」
対診に来てくれた練吉のことを気にかけているのだつた。
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