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「今日はほんの御挨拶に上つたので、いづれ又ゆつくり――」
すると、何てこつた、下手の渡船場の対岸にひよつこり房一の姿が現れた。河原に出ようとするらしく、自転車を厄介さうにわきに抱へて、崖縁についた急な小路をのろのろと危つかしい恰好で降りて来る。やつと判つた。今の今まで、徳次はそこに渡船場があるといふことを度忘れしていたのだつた。
その二人の働いている所にはまだ形こそはつきりとはしていないが、内部ではもうこゝだけに見られる家庭生活の気分といふものが生れて居て、その特殊な雰囲気がひつきりなしに流れて、徐々にこの空洞のやうな乾いた家の中にその匂ひを浸みこませて行くやうに感じられた。
今日見るその顔は、色こそ黒かつたが、地蔵眉の、眼もそれに釣り合つて細い糸を引いたやうにやさしかつた。だが、その声には何かきつぱりした、率直さが感じられた。
「あいつも、君んとこと同じで、子供ができたらしいよ」
じつさいに、房一が練吉のことを想像していたのと反対に、練吉はたつた今坂路の上から見慣れない、何となく不様なだがともかく彼の注意を惹かずには居れない種類の男がいるのを目に入れるまでは、全く房一のことは毛ほども考へたことはなかつた。したがつて彼はひどく驚かされた。次には興味を持つた。練吉はその甘やかされ、順調に育つた境遇からして、他人との手厚いつき合ひの心持などは持たうとしたことがなかつた。大石医院の若医師としての境遇は、彼が望んでなつたものでもなければ、苦心して得たものでもなかつた。彼はたゞさうなるやうに生れついた。それをさまたげる事情は何一つなかつた。この自分では大して好んでもいないし、やむを得ずなつて、やむを得ずまはりから、尊敬を受けている位に考へている医師としての職業は、しかし内実は彼の虚栄心を無意識のうちに支へているものだつた。何故なら他の誰でもがこの町で医者になることはできなかつたし、彼自身は大して好んでいなくつてもなれたのだ。
わたしはこの温泉宿やどにもう一月ひとつきばかり滞在たいざいしています。が、肝腎かんじんの「風景」はまだ一枚も仕上しあげません。まず湯にはいったり、講談本を読んだり、狭い町を散歩したり、――そんなことを繰り返して暮らしているのです。我ながらだらしのないのには呆あきれますが。(作者註。この間あいだに桜の散っていること、鶺鴒せきれいの屋根へ来ること、射的しやてきに七円五十銭使ったこと、田舎芸者いなかげいしゃのこと、安来節やすきぶし芝居に驚いたこと、蕨狩わらびがりに行ったこと、消防の演習を見たこと、蟇口がまぐちを落したことなどを記しるせる十数行ぎょうあり。)それから次手ついでに小説じみた事実談を一つ報告しましょう。もっともわたしは素人しろうとですから、小説になるかどうかはわかりません。ただこの話を聞いた時にちょうど小説か何か読んだような心もちになったと言うだけのことです。どうかそのつもりで読んで下さい。
「これから又お出掛けかね」
私は別にそれがどんなものかは聞きはしなかった。彼女の言葉に同感の意を表して、やはり自分のあれは本当なんだなと思ったのである。ときどき私はその「牢門」から溪へ出て見ることがあった。轟々たる瀬のたぎりは白蛇の尾を引いて川下の闇へ消えていた。向こう岸には闇よりも濃い樹の闇、山の闇がもくもくと空へ押しのぼっていた。そのなかで一本椋むくの樹の幹だけがほの白く闇のなかから浮かんで見えるのであった。
勿論、その時代には温泉宿にかぎらず、すべての宿屋が大抵古風なお粗末なもので、今日の下宿屋と大差なきものが多かったのであるが、その土地一流の温泉宿として世間にその名を知られている家でも、次の間つきの座敷を持っているのは極めて少い。そんな座敷があったとしても、それは僅わずかに二間か三間で、特別の客を入れる用心に過ぎず、普通はみな八畳か六畳か四畳半の一室で、甚だしきは三畳などという狭い部屋もある。
「今日は士曜日で、半休だからね」
「ジョン、降りろ」
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