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    「うむ、判る?――ね?」

    「あんまり、ぢつとしとつてもな、身体が生なまに、なるもんぢやから」

    間もなく彼は、こゝからよりもあの路からの方が、河原で一人で働いている自分をはるかに見つけ易いことに気づいた。瞬間彼は、この広い河原に自分の隠れこむ場所はないかと探すかのやうに、きよろきよろあたりを見まはした。だが、自転車の男は崖上の路に気をとられているのか、まだこちらに気がつかないやうだつた。徳次は下向きになつた。見まいとした。けれども、何かしら気になつて、顔を紐か何かで上うは向きにひつぱられるやうであつた。

    房一はいかにもそれがやり切れない、と云つた風に吐き出すやうに云つた。つゞけて、

    が、要するに房一が腹に据ゑかねて座を立つたのはもつともだ、といふことに落ちついた。何でもなかつた。鍵屋の隠居が面喰つただけだつた。房一の方から云へば、彼は自分の存在を認めさせることになつた。それは、手ごはい、喰へない男、としての「医師高間房一」だつた。そして、こんな風に善かれ悪しかれ人に取沙汰される男は、河原町ではきはめて興味ある存在にちがひなかつた。

    と、云つた。

    だが、今日は徳次の方でめづらしく今泉の近づいて来るのを待つていた。といふのは、今泉の方でも遠くから徳次を見つけるや否や、声にこそ出さなかつたが、何か話すことがありさうな様子で、急ぎ足になつたからである。

    その住居の端々はしばしにまで行きわたつている潔癖さは、同時に大石正文夫妻の年来の好み、その生活の信条といつた風なものをも漠然と現はしていた。

    「それあ、さうだらうなあ。なんしろ広い海のこつた!――ねえ、君」

    と、舌ざはりの悪いものでも口にしたやうな調子で、練吉はぽつんと云つた。

    男は眼を閉ぢたまゝだつた。

    今彼が得て帰つた「医師高間房一」としての地位は、河原町に対する彼の野気を示すに恰好なものであつた。帰郷以来彼を迎へた河原町の人達の眼に、房一はその証拠を見た。だが同時に、彼が押して得た一歩か二歩を隙さへあれば押しもどさうとするやうな色も見分けた。若し彼が何かの意味で失敗すれば、彼等はすぐに嘲笑に転じ、又あの鈍い圧迫の下敷にして彼の気力を根こそぎにしてしまふだらう。

    そこへは、案内も乞はずに、小谷吾郎が気がるに裏口から入つて来た。

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