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    それは何となく「素人しろうとくさい」滑稽な云ひ方だつた。手こずつた主人がしらせたので、徳次の家からは家内のときが駈けつけて来た。泣いてとめた。半ば耄碌もうろくした父親も足をひきずつて来た。だが、騒ぎが大きくなるにつれて、徳次は前後を忘れてしまつた。はじめは煩うるさがつていた鬼倉もたうとう脅おどすつもりで短刀を抜き食卓の上に突き立てた。徳次は瞬間ぐつと大きく開けた眼をその白く光るものの方へ近づけた。もう何だかよく判らなかつたのである。やがて、突然、彼は見た。その不気味な白い刃を。或る一つの意識が、その危険さを認め、身ぶるひをさせた。が、すぐに、あの忘れがたい憤り、血に対する恐れと、それに反撥する怒りとがいつしよになつて噴き上つた。だが、次の瞬間には、酔ひの廻つた彼の頭はその光るものを忘れさせた。たゞ怒りだけがのこつて、燃えて、それも何かしらあたりの泣き騒ぐ音とごつちやになつてしまつた。彼は、鬼倉にぶつかつている気で、しきりと食卓の堅い縁にはだけた胸をすりつけながら叫んだ。

    犬が何を見つけたのか、その時さつと身を躍らして傍の草地にとびこんだ。二三度そこらをぐるぐると廻ると、鼻の先に真新しい土をくつつけてまた房一の傍にもどつて来た。

    又立てつゞけに、一人でのみこんで、殆ど房一に口を開く隙を与へないこの男は、セルの単衣ひとへを着て、その上に太い白帯をぐるぐる巻きにしていた。角張つた頭骨の形がむき出しになつた円頂と、この白帯とがなかつたら、僧侶といふよりは砲兵帰りの電気技師にでも見えたかも知れない。彼は小学校の頃房一より四五級上だつた。その頃から彼はひよろ長い背丈の、時々くりくり坊主にされて、その青光る頭を振り立てて町場の腕白仲間の先頭に立つてのし歩いていた。さういふ目立ち易い恰好が相手には又とない悪口の種を与へたものだつた。小憎らしかつたその慓悍へうかんさが、今その倍増しになつた背丈と同じやうに彼の中に育つて、ちつとも坊主臭くない筒抜けな、からりとした性格に発展したやうであつた。高間医院の造作中に、彼は前を二三度通りかゝつて、「あんたは高間さんぢやないですか」と呼びかけた。

    やゝあつて徳次が訊いた。

    その時、彼等は近くに坐つている房一に気づいた。話に出ている鍵屋の分家とは、まさに房一の借りている家のことだつたし、その所有者は神原喜作にちがひなかつたから。

    男は病人から房一へぎろりと眼を移すと、

    徳次は急に目くばせをした。

    「どこか悪いですかな」

    「どういふことです、わたしにはさつぱり――」

    「おい」と盛子を呼ぶ声がした。

    体が、と云ふより声が引つこむと、代りにそこに姿を現したのは盛子だつた。すると、うす暗い台所の板敷の上に眩しいやうな、うすい葉洩れ日のやうな気配けはいが立つた。

    今の家は比較的街に近くて、この上もなく閑静だ。私の書斎の下は音無川で、一方は水田であり、自分の家の物音以外は殆ど音というものがない。その上、温泉もあるというから、非常にぬるい温泉だと仲介者も差配も家主も念には念を入れてダメを押したのを承知の上で越してきた。

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