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六
銹さびのある鍵屋の隠居の声が響いた。しかし誰もすぐに立たうとはしなかつた。身内の者が済んだ後でも順位は自おのずからきまつているのだつた。房一のうしろの方で誰か低い声で何か云つていた。見ると、そこには遅れてやつて来た老医師の大石正文がまはりの者からすゝめられてゆつくり立上るところだつた。猫背の痩せて尖つた肩つきは坐つた人達の間を分けて行く時、弱々しげではあつたが、舞台で出場でばを心得ている老優に見られるやうな落ちつきと確信があつた。次には堂本が立つた。それから大石練吉が眼鏡の下でふしぎな生真面目さを現しながら立上つた。
そんな風におぼえていてくれるとは思ひがけなかつた。
「あ、神原の喜作さんだ」
房一はさつきから自然と聞いてはいたが、事は初耳だつた。
「へゝえ、わしらは用意がえゝですからね、あんな蜜柑箱みたいなもんはすぐこはれるにきまつてるから、家を出るときこゝにつけて来たんでさあ」
「ねえ。――はやく。――患者ですわ」
根津はだまって答えなかった。その翌日、彼は城外で戦死した。
「さうですが、それはさうにちがひないが――」
「どうも遅くなりまして――」
紛まがふことなく、それは神原喜作だつた。
が、登り切つた所で、ふりかへつて盛子を待つた。そして、何となく様子のちがつたゆつくりさで登つて来る盛子の、上うは目になつた、意味ありげに笑つている顔を見た。
さう云ひすてて、大きな音を立てて下駄をひきずりながら立去つたのだ。
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