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    「大きに。ありがたうござんす。よろしう頼んます」

    彼は自転車[#「自転車」は底本では「自転者」]にのつた。走り出した。風が頬をかすめた。房一の紅黒い、生真面目な、醜い、厚ぽつたい顔が目の前にのこつていた。

    「あら、お帰んなさい。随分早かつたのね。もう済んだんですか」

    「ほう。元気だね。ハッパでやられたかね」

    温泉宿へ一旦いったん踏み込んだ以上、客もすぐには帰らない。宿屋の方でも直すぐには帰らないものと認めているから、双方ともに落着いた心持で、そこにおのずから暢のびやかな気分が作られていた。

    房一はすぐと、大石練吉のことを思ひ浮かべた。大事をとるといふ名目で、彼の対診を求めることにしたのである。

    「昨日、君とこの奥さんがバスに乗るところを見かけたが、――」

    我々はそれから「き」の字橋まで口をきかずに歩いて行ゆきました。……

    「うん、今帰るところだ」

    「まづい、まづい。酒がまづくなる」

    何となく視線が自分に向けられるのを感じながら、房一は案外に落ちついていた。予期した通りだつた。房一の腹の中はきまつていた。

    「どういふことでせうね、まあ!」

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