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「玄関の手入れをどうしようかと云ふのですよ」
盛子は笑ひながら顔を紅らめた。
「何でもいゝから早くしてくれ。路をまちがへて大廻りしちやつたんだ」
「なに?競馬のこと?」
これが若し他人だつたら、或ひはかけがへのない一人息子でなかつたら、正文もいさぎよく結着をつけてしまつたらう。「道楽息子」――その一言で済むわけだつた。
「それをよこしたまへ。二足なんていらんよ」
「さあね、そいつは今のところ何とも判らんでせうな。何しろこの前に手をつけたのは十年前だつたでせうかね、その時の礦石のかけらも残つちやいませんよ」
「あゝ、さうだつた。なあんだ!」
再度上京して前いたことのある病院に書生として住みこんだ房一は、まつしぐらに一つの目的に突進した。その最初にあんなに不安定な時期があつたにもかゝはらず、三年後には前期と後期の二試験をつゞけさまにパスして、医師としての資格を得た。その間に彼を鼓舞したものは実にはじめ伯父を訪れたときにその家の書架から発見した「西国立志篇」だつた。その本はもう何度となく読みかへされたので、頁がぼろぼろになつた。それから何年間か代診としてその病院に勤めた。その間に開業の資金を貯蓄したい考へだつたが、なかなかうまくはいかなかつた。かへつて少しの放蕩の結果、芸者に子供を産ませたりして、その方は曲りなりにも片づいたが、貯へは費ひ果してしまつた。しかし、開業の資金は故郷の伯父が工面してくれることになつたので一安心だつたが、その代りに河原町に帰つて開業すること、と云ふ条件がついていた。
「いや、それあ貰つたのが分家だから、相手はやつぱり分家の喜作さんさね」
見たことのない顔だつた。患者なら玄関から来る筈だ。
「さうだつてねえ」
「さうかよ。おれは又、河原町を通るんだとばつかり思つた」
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