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御大典とそれにつゞく奉祝日は瞬またゝくまに過ぎ去つた。
その様子が房一に余裕を持たせた。彼は東京の代診時代に覚えた世間慣れた快げな微笑を浮かべることさへできた。
胡坐をかいた道平は今膝小僧までまる出しにしていた。それも日に焦げている。
と、いきなり云つた。
「あ、さう云へば」
「おーい。渡つてもいゝかね」
さう云ひかけた時だつた。さつきから口々に何か叫び、又しづまりかへつていた下方で突然又あの板切れの井桁積みがくづれる音がした。その異様な、ばりばりといふ音は何か鋭い速い広い浪のやうな不安をひろげた。それは偶然の不吉な暗示を与へたやうなものだつた。誰かが、ずつと先きの方で溝をとび越え、木柵にとりついた。すると、又何人かが土手を駆け登つた。めりめりと木柵を引倒す音が立つた。と思ふと、房一は突嗟とつさに身をひるがへして土手づたひにその方へ走つていた。彼は一二度傾斜で滑り、殆ど転んだかと見えたが、間もなく身体を起した時にはもうその場所に立ちはだかつていた。
「あのう、笹井へ往診がございますが」
「なに、消防演習?」
と、突然房一の肩を押へて云つた者がある。いつのまにか、練吉が傍に来ていたのだ。彼は酒の酔ひもさめたと見えて、興奮し、そのために稍強きつい、輪郭のはつきりした顔立ちになつて、一心に土手の方を注視していた。
「はあ、いや。もう手前どもは老いぼれ同然ですからな」
「はあ、どうも」
鬼倉は一瞬、相手を地着きのごろか何かと思つたらしい、一種の殺気をひらめかした。
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