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    「怪我人ができたのかね」

    彼が冠をとると、円味のある顎肉には紐の痕が紅く残つていた。

    「なんだ、さつぱり判らんぞう」

    「昨日、君とこの奥さんがバスに乗るところを見かけたが、――」

    二人は自転車をひきずつたまゝ近よつた。

    こういう不便が多々ある代りに、むかしの温泉宿は病を養うに足るような、安らかな暢のびやかな気分に富んでいた。今の温泉宿は万事が便利である代りに、なんとなくがさついて落着きのない、一夜どまりの旅館式になってしまった。一利一害、まことに已やむを得ないのであろう。

    今泉は面喰つてこれも徳次の眼の中をのぞきこんだ。二人の間には恐しく判りにくいものが突然はさまつたやうに思はれた。

    例の奉祝行列のお終ひに小谷から慰労宴をやらうと云はれたときに、房一は道平が練吉の診察を受けたまゝになつているのを気にかけていたことを思ひ出し、練吉をも加へて小谷と二人を招待しようと云つたのだが、小谷はそれはそれ、これはこれと云つて聞き入れなかつたので、改めて今二人を料亭染田屋に招いたのであつた。

    そして、これと全く同じ活気が、あの燃え残りの蝋燭の発する佗びしい、だが、ゆらめくやうな活気が今夜の法事で主人役をつとめている神原直造にもあつた。

    「うむ」

    「もう遅いんですよ、おぢいさん。泊つてつたらどうです」

    我々はそれから「き」の字橋まで口をきかずに歩いて行ゆきました。……

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