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男は病人から房一へぎろりと眼を移すと、
「どうしたんですの?何かあつたんですか」
宿は大きい家で、ほかにも五、六組の逗留客があった。根津は身体に痛み所があるので下座敷の一間を借りていた。着いて四日目の晩である。入梅に近いこの頃の空は曇り勝がちで、きょうも宵から小雨が降っていた。夜も四つ(午後十時)に近くなって、根津もそろそろ寝床に這入ろうかと思っていると、何か奥の方がさわがしいので、伊助に様子を見せに遣ると、やがて彼は帰って来て、こんなことを報告した。
徳次は一種くさめをする前のやうな、煙けむたげな表情になりながらわき見をしたり、房一を眺めたり、どぎまぎして答へた。
広い家の中では盛子一人だつた。もうとつくに羽織袴も居間に出して置いたし、履物も足袋も揃へた。帰りさへすればすぐにも出かけられるのだ。だが、足音も聞えはしない。盛子はさつきから何度も玄関に出てみたり、それから裏口から外の小路に出て河原の方をすかし見たりした。
思はず口に出かゝつたが、慌ててのみこんだ。彼の頭には今やすべてが明かになつた。土工仲間の刃傷沙汰だつた。その息づまるやうな情景が頭に閃ひらめいた。
「いや、どうも。恐縮です」
房一は満足げに、かへつて来た犬の頭をかるくたゝいた。
「うん、ドイツ兵の捕虜だ」
途中で練吉と別れた房一は、道平の病気のために手の廻りかねていた患家先きへ二三軒立ち寄つているうちに、案外時間を喰つて、帰途についた時はもう暮れ方であつた。
さう呟きながら、下手を眺めた。
紛まがふことなく、それは神原喜作だつた。
「やっぱり半之丞の子だったですな。瓜うり二つと言っても好よかったですから。」
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