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    「もう、だいぶようなつたですわ」

    八月末の思ひがけない冷気の後で又暑さがぶり返し、それは永くつゞいて、もうがまんがならないと云ふ頃に一寸色目をつかつた風に凌しのぎ易くなつたが、それも一日か二日で又もやぶり返し、今度は前ほどではないにしても緩漫に、のろのろと、いつまでも同じやうな暑さの日がつゞいて、九月に入り、九月の半ば過ぎてもまだちつとも初秋らしい気配は見えなかつた。あの夏も頂点を過ぎたのだと思はせたやうな草木の黒つぽさも何かの間違ひ恐らく人間の希望的観測といふやつだつたのだらう、その黒い沈んだ色さへ不機嫌さうにいよいよ黒つぽく見えた。

    今度はかるく甘えた、羽毛でくすぐるやうな調子があつた。房一はざぶりと水を顔にぶつかけただけで立上つた。

    「さうです、小倉組の方ですな」

    「先生、どうしなさる?着て行きますかい」

    徳川末期に生れ、慶応、明治、大正と社会的な大変動の中を生きて来ながら、直造の生涯は世の多くの庶民と同じにその根底は単純きはまるものだつた。なるほど、今は白い曇りのできかゝつた直造の眼は多くのことを見て来た。長州の藩兵が疾風のやうに天領を席捲し東に通過した時には、土蔵に封印をし、大戸を下して一家中が山の上に逃げた。つゞく御一新はもとより、憲法発布も、日清日露の戦役も、更に今欧洲では大戦も始つていた。日本は青島を攻略した。だが、すべてこれらの出来事に対しても、直造達は別に広汎な知識も予見も持ち合せていなかつた。たゞ、彼等は見た、そして大きな流れにしたがつて生きた。それだけだつた。それは人為のごとくして実は巨おほきな自然だつた。或る時は曇り、或る時は晴れ、やがて突風が――そして稲は実り、刈られ、――あらゆる天変地異が、あの逆まく濁流が橋を流し堤を崩し、人家をその中に浮き沈みさせ、又木は薙なぎ倒され、作物は根こそぎにされ、――だが、それはやがて過ぎて行く。過ぎ去ると共にすべてはけだるい一様な調子の中にのみこまれ、遠のき、今日はじまる事もやがては又同じく過ぎ去るであらうと確信させるに至る、あの永い月日といふものの不可思議、その中に野や山と同じに自然に確しつかりと地面に立つて現れる物がある。それは「家」だつた。あの黒光りのする欅の柱、去年も一昨年も同じ所に造られた燕の巣。所々が剥げ落ち、雨で黒い汚点しみができ、又上塗りをされた白壁。あのかすかな弛みを見せながらなほ未だに堂々とした線を中空に張りわたしている苔こけのついた屋根。――この家が直造の安心を支へて来たのである。

    風はすつかり途絶えていた。

    「いや、私はすぐこの近くで医者をしとる、高間といふ者ですが」

    「おれは!――」

    今まで曾かつてそんなことを考へたことはなかつた。いや、今の瞬間だつて考へたとは云へまい。たゞ、それは閃いて、捉へにくい影を落して通り去つただけだつた。――盛子は退職官吏の切りつめた地味な家庭で、ありきたりの厳しい、だが単純な躾しつけを受けて従順に育つた。娘の頃に、一体どんな形の結婚が自分を待つているのか考へないではなかつたが、それはいつも漠然としたとりとめもないもので、又それ以上に空想するほどの材料は何一つなかつたと云つてもよい。したがつて彼女の頭に浮ぶ結婚生活はをかしい位に家事向きのことで一杯になつていた。お裁縫だの、洗ひ張りだの、糠味噌の塩加減、野菜の煮方、その他細こま細ごましたことが彼女の空想を刺戟した。

    さう云ひながらぽんと軽く下腹をたゝいた盛子の巧みな、しなのある手つきが目に浮かんだ。それは、そこだけ切つてとつたやうな鮮かさで残つていた。

    房一はふと自分に返つて訊いた。

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