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    と、それまで鹿爪しかつめらしい表情をくづさずにいた仲買の富田が、突然半畳を入れた。どつと立つた笑ひ声で、聞きとれなかつた者までがふき出した。

    冬近い冴えた日ざしが午過ひるすぎの河原町の長い、だが人気のない通り一杯に溢れていた。一体みんな何をしているんだらう、まさか軒並みに夜逃げしたわけでもあるまいのに、と呟つぶやきたくなるほど人の子一人いなかつた。そして、冴えているがしだいに温ぬくもりの増して来る日は、何だかのうのうと、つまり誰もいないので日そのものが路一杯にひろがつて日向ひなたぼつこをしているみたいであつた。

    当時の三百円は大金たいきんだったでしょう。少くとも田舎大工いなかだいくの半之丞には大金だったのに違いありません。半之丞はこの金を握るが早いか、腕時計うでどけいを買ったり、背広せびろを拵こしらえたり、「青ペン」のお松まつと「お」の字町へ行ったり、たちまち豪奢ごうしゃを極きわめ出しました。「青ペン」と言うのは亜鉛とたん屋根に青ペンキを塗った達磨茶屋だるまぢゃやです。当時は今ほど東京風にならず、軒のきには糸瓜へちまなども下っていたそうですから、女も皆田舎いなかじみていたことでしょう。が、お松は「青ペン」でもとにかく第一の美人になっていました。もっともどのくらいの美人だったか、それはわたしにはわかりません。ただ鮨屋すしやに鰻屋うなぎやを兼ねた「お」の字亭のお上かみの話によれば、色の浅黒い、髪の毛の縮ちぢれた、小がらな女だったと言うことです。

    遠くの方で誰かが呼んでいた。

    家督を継いだ文太郎が間もなく酒造業をやめた時に、直造は少からず不満だつた。文太郎は種々の理由から説得した。が、最大の理由は法学士だつた文太郎が帳付よりも地方政治に興味を持つていたことにあるらしい。果して、文太郎の濫費のために一時は不動産の大半が銀行担保に入つたことがある。直造は不機嫌だつた。しかし、欧洲大戦が始つて以来の好景気が鍵屋の財政を持ち直しはじめていた。

    「すると、何ですか、十年契約といふやうなことにでもなすつたんですか」

    「えらい昔話が又ぶり返したんだな」

    練吉は顔をしかめ、手を振つた。

    そのとき、女房に命じて、温泉を加熱する装置を施してもいいか、ときかせると、

    職業柄人見知りなんかはしていられないし、又さういふことにかけては密ひそかに自信を持つていた房一も、少したぢたぢとなつた。そのはずみに、房一は路々考へて来た挨拶のきつかけを度忘れてしまつたほどである。

    徳次は人の好い、いかにもさう信じこんだやうな眼で二人を眺めた。

    「まだ?ふん!よせ、よせ。阿呆らしい」

    「お粗末ではござりまするが、どうぞごゆるりと」

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