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「いや、それが――」
大石練吉は日盛りの往診からもどつて来ると、暑さのために不機嫌さうな顔になりながら、自転車を手荒らに立てかけ、とりつけた鞄もそのまゝにして、のつそりと診察所から上つた。
と、小谷は人差指と中指を二本突き出して見せて、
と、案外冷静に云つた。
「ね、大石さん。今夜一つ私のところで慰労宴をやらうといふんですがね。あなたもぜひどうですか。この三人だけでね」
「まさか!」
房一はさつきから自然と聞いてはいたが、事は初耳だつた。
「小倉組の連中が来たちふぢやないかね。ほんとうかね」
と、房一が台所に声をかけた。
「はあ――ふむ、うちへもかね」
「徳さんが、――今、そこに、おかみさんが来てるんですわ」
今、彼の目の前には大石医院の塀づくりの家が立つていた。その家は彼が借り受けたあの古びた家とふしぎに似通つていた。ちがふのはもつと大きやかで、手入れのよく届いていることだつた。築地の壁土は淡黄色の上塗りが施され、一様に落ちついた艶を帯びていた。そして、玄関に向ふ石畳は途中二つに分れ、右手は別建の洋風な診察所につづいていた。房一は瞬間どちらへ行つたものかと思つたが、左手によく拭きこまれた玄関の式台を見ると、まつすぐその方に進んだ。
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