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    大石練吉は日盛りの往診からもどつて来ると、暑さのために不機嫌さうな顔になりながら、自転車を手荒らに立てかけ、とりつけた鞄もそのまゝにして、のつそりと診察所から上つた。

    「それに――」

    浴漕は中で二つに仕切られていた。それは一方が村の人の共同湯に、一方がこの温泉の旅館の客がはいりに来る客湯になっていたためで、村の人達の湯が広く何十人もはいれるのに反して、客湯はごく狭くそのかわり白いタイルが張ってあったりした。村の人達の湯にはまた溪ぎわへ出る拱門型に刳くった出口がその厚い壁の横側にあいていて、湯に漬って眺めていると、そのアーチ型の空間を眼の高さにたかまって白い瀬のたぎりが見え、溪ぎわから差し出ている楓かえでの枝が見え、ときには弾丸のように擦過して行く川烏かわうの姿が見えた。

    次に記すのは、ほんとうの怪談らしい話である。

    「なに、ろくでもない用事で帰つたもんですから、どこへも失礼していたんです」

    「早く早くつたつて、もうお支度はちやんとできてますわ。あなたが遅くかへつて来といて――」

    「これはどこに置きますかね、この漬物桶は。――はい、はい。どつこいしよ、と」

    かりるに当って女房が挨拶に行ったら、温泉のぬるいことを例外なく念を押して、

    「はあて、神主さんになるのもえらいもんだのう」

    口ごもつて、

    それから、房一は歩きながら漠然とした沈思に落ちた。

    だが、時には彼等の間にも、まるで一日中陽に温められて色づいた麦畑からそのまゝ入つて来たやうな男もあるのだつた。肥つて日焼けがして彼は自分から病気を診みてもらひに来たくせに、房一の呉れる薬を不審さうに眺めて、そんな病気のあることを信じないかのやうに頭を傾かしげて、それから大声で(それは麦畑の穂の列を吹き抜けて行く、乾いた快い風のやうな響きを帯びていた)彼の持牛についた虱しらみをとる薬はやはり人間にも同じ効きき目めがあるのかね、と訊いたりするのであつた。

    「え、何だつて、徒歩てくで通るかつて?」

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