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徳次はさきほど今泉が姿を現したずつと先の稍持上つて見える路面の白い輝きの方を、今にもドイツ兵達がぞろぞろ群をなして出て来るかのやうに眺め、それから熱心に今泉の眼の中をのぞきこんだ。
男はその時、案外なほど寂しみのある表情を浮かべ、頬杖をついてぼんやり戸口の方に顔を向けていたが、眼だけをちよつと動かせた。だが、知らぬふりでビールを口へ持つて行つた。
だが、急な流れを乗り切ると、ちよいと前方の水面を見ただけで、当分御無事だな、とすぐに見抜いてしまふ。そこで、徳次は舳へさきにどつかりと腰を下し、普通とは反対に前にとりつけた舵棒を握るのだ。どぶ、どぶ、どんぶり、ど、といふ風に水が船縁ふなべりをたゝく。それに合せて、徳次は力を抜いてゆつくりと舵を動かす。いゝ気持になつていると、やがて、水は「もうお前さんを楽にさせるのはごめんだ」といふみたいに、急にとろんとして、のろ臭く、浮いた藁ゴミを御叮寧にゆつくりゆつくりと廻して遊んだりする。徳次は今度は艫ともにもどる。そこで、櫓を下してぎいつぎいつと漕ぎはじめる。
そこに、房一は、酒のために紅くなつてはいるが、そして、まだ額のあたりに筋張つた色が立つてはいるが、稍やゝ前こゞみになつた半白の頭を見た。それは河原町の人などには見られぬ線の粗あらさとどぎつさこそあつたが、想像したよりもはるかに老人だつた。
「ふむ、ふむ。――どなたでしたかね。お名前は?――ふむ、ふむ。――住所は?いや、字あざはどこでしたかな――ふむ、ふむ」
「はン」
「開業日はいつかの」
大石練吉は日盛りの往診からもどつて来ると、暑さのために不機嫌さうな顔になりながら、自転車を手荒らに立てかけ、とりつけた鞄もそのまゝにして、のつそりと診察所から上つた。
「うん」
――「それでは、わしの方からお礼を云はなきあならんのです。どうぞ、よろしく願ひますわ」
と、鬼倉はすつかり他意のない様子で答へた。
何のためか、どういふつもりか、練吉は矢庭に房一の肩をぐんと押した。そして、自分は逸早く溝をとび越して、土手を駆け上つた。下の方では、黒い一杯の人だかりの間からは何やら鋭い言葉を叫ぶ者がいた。練吉が駆け上つた後から、房一も本能的に溝をとび越えた。事態は緊迫していた。練吉が何をしでかすか知れない、といふ予感が閃いたので。
それで安心したやうに引つこんだが、しばらくすると又のぞいた。
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