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    盛子は、歯切れのいゝピツと語尾の跳ね上るやうな調子で、愛想笑ひをしながら小谷に訊いた。

    盛子はたつた今さつき一人きりの夜食をすませたところだつた。房一を送り出した後で、一人では別に支度もいらないし、あり合せの物で間に合はせた。餉台ちやぶだいの上に並べた食器類もほんの一二枚だつた。いつもは房一と二人なのだが、それは二人が一人になつたのではなく五六人が一人になつたやうな感じだつた。冷えたお惣菜を長火鉢で温めた。それは静かな家の中でたゞ一つの物音のやうにかたことと音を立てて煮えた。何となく、盛子は小さい娘時分のおまゝ事を思ひ出した。そして近来そんなことを一度もしたことはなかつたのだが、小娘のやうな気になつて、煮え上るのを待つ間横坐りに足を投げ出して煮える音を聞いていた。

    「おーい。渡つてもいゝかね」

    今度は正文の方で答へなかつた。そして急に苦がい顔になつて、ぢろりと薬戸棚を見まはしただけで母屋おもやの方へ帰つて行つた。

    そして、これと全く同じ活気が、あの燃え残りの蝋燭の発する佗びしい、だが、ゆらめくやうな活気が今夜の法事で主人役をつとめている神原直造にもあつた。

    「閉口でしたな」

    と、小谷は人差指と中指を二本突き出して見せて、

    共同風呂のまん中には「独鈷とっこの湯」の名前を生じた、大きい石の独鈷があります。半之丞はこの独鈷の前にちゃんと着物を袖そでだたみにし、遺書は側そばの下駄げたの鼻緒はなおに括くくりつけてあったと言うことです。何しろ死体は裸のまま、温泉の中に浮いていたのですから、若しその遺書でもなかったとすれば、恐らくは自殺かどうかさえわからずにしまったことでしょう。わたしの宿の主人の話によれば、半之丞がこう言う死にかたをしたのは苟いやしくも「た」の字病院へ売り渡した以上、解剖かいぼう用の体に傷をつけてはすまないと思ったからに違いないそうです。もっともこれがあの町の定説と言う訣わけではありません。口の悪い「ふ」の字軒の主人などは、「何、すむやすまねえじゃねえ。あれは体に傷をつけては二百両りょうにならねえと思ったんです。」と大いに異説を唱となえていました。

    云ひ終ると、直造は叮重ていちように頭を下げた。

    「徳さん。追鮎は君のといつしよに活かしといてもらはうか――どつこいしよ」

    「死んだんですか?」

    と、小谷はひとり言にしては大きい声で云つた。が、代りがないので又水の中へ放つた。

    二人は今船で流れの上を渡つていた。綱を手繰たぐる徳次のわきには房一が自転車のハンドルをつかまへて立つていた。全体に銀白色の金属でつくられたこの自転車はいかにも新しげだつた。それさへ、徳次の目には医療器具か何かのやうに特別な機械に見えた。

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