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    そこに、房一は、酒のために紅くなつてはいるが、そして、まだ額のあたりに筋張つた色が立つてはいるが、稍やゝ前こゞみになつた半白の頭を見た。それは河原町の人などには見られぬ線の粗あらさとどぎつさこそあつたが、想像したよりもはるかに老人だつた。

    口を切つたものの房一は頭の中でとまどつていた。あんなに考へていた言葉が今急にどこかへ消えてしまひ、何を云ひ出したのか後をどう云つたものか判らなくなつてしまひさうに感じた。彼はかすかに汗ばみ、そのどちらかと云へば醜いむくれ上つた眉肉や厚い唇が力味を帯び紅ばんで来た。

    「さあ、くはしいことは判りませんね」

    「ほんとうに火事があつたのかい」

    「えらい昔話が又ぶり返したんだな」

    「本日は、私ごとき者までお招きに預りまして」

    「なんだ、さつぱり判らんぞう」

    房一は手答へのないのを感じた。

    「何者かつて云ふが、そもそもこゝで半鐘をたたいたから集つて来たんだぜ」

    「早く早くつたつて、もうお支度はちやんとできてますわ。あなたが遅くかへつて来といて――」

    「いや、どうも。恐縮です」

    徳次はいつのまにか腕組みをしていた。あのあてずつぽうな、そゝつかしい、力りきんだ様子が現れていた。

    老父に注意されるまでもなく、房一は河原町で医師として立つて行く上の先々の困難は十分心得ているつもりだつた。どんなに房一が成功者と目されたところで、一方では彼が河場の一介の百姓息子にすぎなかつたことを河原町の人達は忘れていはしなかつた。その上、河原町には古くから根を張つた大石医院といふものがあつた。

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